地元の人は、どこに?

 小樽の二月は、隣の政令指定都市・札幌の「雪まつり」と勝手に連動した、『おたる雪明りの路』というイベント
にたくさんの観光客が訪れて、つかの間の賑わいをみせる。

 また、ニセコなどにやってきたスキーヤーが、ちょっと足を伸ばして遊びに来る。
 いつもは、まるで火の消えたような夜の繁華街・花園が、ほんの少しだけ人通りが増えて賑やかさを取り戻す。他
県の方言や、英語・中国語・韓国語……などが、居酒屋やスナックのカウンターに飛び交う。
 もちろん、大抵は〝いちげんさん〟で、リピーターになることはほとんどない。その場限りの、一夜限りの、楽し
い乾杯で終わりだろう。まあ、それはそれでよいのだが。

 

 山口マスターの顔が、どうも浮かない。

 ご多分に漏れず、わが「わか松」にも市外からのお客さんが、ずいぶん来てくれるらしい。けっこう日本酒を勉強
してくる人もいて、マスターが〝通だねぇ〟と感心することもしばしばある。たまには、折角だからと、店に置いて
ある銘柄を「値段が高い方から出して」というお大尽もいるらしい。
 暇な日が多い昨今の状況で、店の売り上げ的には嬉しいのだけれど、いくら満席になっても地元の人が来ない(来
たとしても一人か二人)というのは、どうなんだろう、と。

 

 マスターは、元々、自分が見下していた三倍醸造の酒とは全く次元の違う、本物の日本酒を口にして「ああ、本当
の日本酒はこんなに美味いのか」と感動したことをきっかけに、地酒の店を始めようと決めたときく。その時、自分
が感動したように、生まれ育った小樽の人たちにも、本当の日本酒の味を教えたい・伝えたいと思ったそうだ。

 ゆえに、「商売をするなら札幌でだろう」という大方の声に逆らって、小樽で開店した。確かに、収益だけを考え
れば、札幌で起業するのが正解だったかも知れない。しかし、金儲けとは違うところに、事業の目的があってもよい
のではないか。

 その肝心の地元のお客が減り続けている。

 地酒の店を名乗る他店が逆立ちしても取り揃えられない、日本酒の質と量が「わか松」にはあるというのに、一体
どこに行ってしまったのか。みんな飲み過ぎて、向こうへ逝ってしまったのか。そうではあるまい。
 誤解を恐れずに言えば、この街の人たちは、『上質なものへの対価を惜しむ、下品な格好つけ』に堕落したのだろ
う。あるいは、単純に『貧すれば鈍する』を地でいったのか。ここ10年ほどの間に目撃した、飲み助たちの品格の
劣化は、実に目を覆うばかりだ。

 

 インターネットを検索して来店してくれる一回限りのお客さんも、とても大事だ。
 ただ、マスターが伝えたい日本酒の醍醐味は、一度や二度語ったくらいでは伝えきれない。少しお酒が入らないと
極端に口下手なマスターだから尚更に。
 蔵元に足を運び、見聞きして、交友を結んでそれを大切にし、自分の舌で確かめて納得した日本酒だけを勧める。
愚直だけれど、決して出し惜しみはしないマスターのことを、もっと店に来て知って欲しい。
 それは、単に、地元の人にだけではなく、「たまたま来ちゃった」だけの外来の人にも、切に願う。


 小樽の人と、余所から来た人が、同じテーブルを囲んで日本酒を語らう。それが日常になる。
 理想に過ぎるかも知れないが、それこそ「わか松」で見たい夢なのではないか。            (お)

 

 

 

 

 

2017年02月24日